水上 健さん 抄録
アルツハイマー型認知症 (AD) の早期診断マーカーの開発
氏名:水上 健
配属先:神経内科学講座 指導教官:木村 成志
【背景】
我が国の認知症患者は400万人以上おり、その中で最も頻度の高い疾患はアルツハイマー病 (以下AD)である。現在ADの発生機序として、「アミロイド仮説」が提唱されている。この仮説は、細胞外に放出されたアミロイドβ蛋白 (以下Aβ) が、AD発症の20年以上前から、分解系の低下などにより蓄積し、Aβオリゴマーとなって神経細胞毒性を生じ、またオリゴマー産生が契機となって、タウ蛋白が異常リン酸化して、神経原線維変化を生じ、最終的に神経細胞死、脳萎縮に至るというものである。よって、ADの臨床経過は、Aβやタウ蛋白の蓄積はあるものの、認知機能障害の見られないPreclinical AD、軽度の認知機能障害を伴うMCI due to AD (以下MCI)、認知機能障害の進行したADの3つの段階に分類される。ADの根本的治療のためには、AD発症後ではなく、MCIさらにはPreclinical ADの段階でAβ蓄積を診断、予防する必要がある。そこで、ADの早期診断法としてアミロイドイメージングが開発されたが、アミロイドPETは高コストであり、また限られた施設でしか受けることができない。このため、Preclinical AD、MCIの段階で脳内Aβ沈着を予測する代替マーカーの開発が求められている。これまでの先行研究からADの血液・髄液マーカーとして、Aβ、タウ蛋白、リン酸化タウ蛋白、さらにはサイトカインや糖尿病及び脂質代謝に関連する分子が報告されている。
神経内科学講座では、H25年度にアミロイド陽性と陰性のMCI患者の血液および髄液を、Bio-Plex™を用いて、炎症性サイトカインと糖尿病・脂質異常症に関連する分子を測定し、解析を行った。その結果、脳脊髄液においては、アミロイド陽性群とアミロイド陰性群の2群間で、有意差を持った濃度変化がみられた蛋白は、LIFとSCGF-βの2つのみであり、他の多くの蛋白は、検出感度以下であった。
【目的】
MCIにおける脳内Aβ沈着に伴う脳形態・脳機能画像所見を明らかにする。
髄液サンプルを濃縮することで、検出可能な蛋白を増やし、Aβ蓄積により濃度変化を生じる蛋白種を明らかにする。
【方法】
対象は、65歳以上85歳未満のMCI患者で、MCIの診断基準はJ-ADNI (Japanese Alzheimer’ s Disease Neuroimaging Initiative) 基準に準拠した。
- 本人あるいは介護者から記憶障害の事実が示される
- MMSE 24~30点
- ウェクスラー記憶検査における論理記憶の遅延再生課題で、教育年数で補正したカットオフ値以下 (教育年数0~9年:2点、教育年数10~15年:4点、教育年数16年以上:8点)
- Clinical Dementia Rating (CDR) が0.5
- うつ病でない
〈画像検査〉
- PET検査:PiB (11C-Pittsburgh compound B) -PET、FDG (18F-fluoro-2-deoxy-D-glucose) -PET
- 頭部MRI検査:VSRAD (voxel-based specific regional analysis for Alzheimer’s disease) による海馬・扁桃・嗅内野萎縮度の測定
〈脳脊髄液検査〉
MCI患者 (n=35) の髄液サンプルを凍結乾燥によって濃縮し、Bio-Plex™にかけ、複数種にわたる関連蛋白の濃度変化を調べた。得られたデータの統計解析には、PiB陽性MCI群とPiB陰性MCI群との2群間でMann-Whitney U testを行った。
Bio-Plex™とは、サイトカイン、ケモカイン、増殖因子など多項目にわたる生体分子を同時に検出、定量できるシステムである。原理は、ELISA同様、測定分子を1次抗体、2次抗体でサンドイッチし、ビオチン・アビジン結合を介して2次抗体に結合している蛍光物質から蛍光強度を測り、濃度を算出するものである。ELISAとの違いは、1次抗体が測定分子ごとに色分けされたビーズに付着しており、レーザーで識別し、少量のサンプルで多くの蛋白種の蛍光強度を測定することが出来る点である。
また、凍結乾燥とは、サンプルを-80℃に凍結し、その後、凍結乾燥機 (TAITEC VO-250F FREEZ DRYER) にかけ内圧を下げることで、サンプルから溶媒の水を昇華させ溶質の結晶だけを取り出す方法である。これにより、髄液サンプルを10倍に濃縮した。
【結果】
- PiB-PET検査
PiB陽性者は、MCI患者35名中、25(71.4%) だった。この結果をもとに、MCI群をPiB陽性、陰性の2群に分けた。 - FDG-PET検査
SPM8解析の結果、PiB陽性群は、PiB陰性群と比較して後部帯状回の有意な糖代謝低下を認めた。 - 頭部MRI検査
海馬・扁桃・嗅内野の萎縮度に関して、PiB陽性群とPiB陰性群に有意差は認めなかった。 - 脳脊髄液検査
濃縮を行っても、多くの蛋白は昨年度と同様、検出に至らなかった。一方、IL-8、GM-CSF、IP-10、MCP-1、MIP-1β、VEGFの6つの蛋白においては、検出することはできたが、検定を行っても2群間に優位差は認められなかった。
【考察】
- 脳糖代謝
PiB陽性群は、FDG-PETにおいて後部帯状回の糖代謝低下を認められ、Aβ蓄積の予測に有用と考えられる。 - 海馬の萎縮度
MCI群でPiB陽性、陰性群に有意差は無く、萎縮度からPiB陽性の予測はできないと考えられる。 - 脳脊髄液バイオマーカー
髄液の濃縮を行ったが、有意な量的変化を認める蛋白種を同定することができなかった。
【感想】
神経内科学講座の皆様、2か月間、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
研究室配属を振り返って
私達 2人を温かく迎え入れてくださり、本当にありがとございました。
非常に多くのことが勉強でき、貴重な体験ができました。
先生方のご指導のお陰で賞も頂くことができました。
神経内科の皆様、本当にありがとうございました。
4年 水上 健
- お知らせのカテゴリ
- その他